予防接種ストレス関連反応(ISRR)について
予防接種に対する「不安」を適切に捉え、対応するために役立つ概念である予防接種ストレス関連反応(ISRR:immunization stress-related responses)についてご紹介いたします。
- McMurtry CM. Can Commun Dis Rep. 2020; 46: 210-218.
- 日本産婦人科医会編集 研修ノート(No 106 思春期のケア)
- 日本小児科学会 日本小児科学会の「知っておきたいわくちん情報」 A-10 予防接種ストレス関連反応(ISRR)
- 岡部 信彦. 産婦人科の実際. 2021; 70: 281-284.
- Taddio A et al. CMAJ. 2015; 187: 975-982.
●予防接種ストレス関連反応(ISRR)とは
ISRR(immunization stress-related responses:予防接種ストレス関連反応)は、ストレス反応として観察される多様な症状・徴候スペクトラムに関連する包括的概念として、2019年、WHOにおけるワクチンの安全性に関する諮問委員会(GACVS)により提唱されました1)。
この反応は、新生児期から、成人まであらゆる年代で接種されるすべてのワクチンによって生じ得ることが知られています2)。特に10歳代のお子さん(特に女の子)は予防接種に不安をもちやすく、この反応が起こりやすいことが知られています。また、ISRRはワクチン接種直前の不安によっても起こることがある点が、他の副反応と大きく異なります3)。
図1:ISRRの症状とスペクトラム
日本産婦人科医会編集 研修ノート(No 106 思春期のケア)
●Biopsychosocial model
ストレスに対する個人の反応は、生物学的因子、心理的因子および社会的因子が複合的に絡み合って生じた結果であり、これらを多元的にとらえる枠組みをBiopsychosocial modelといいます(図2)4)。
図2:予防接種によるストレスに関連した一連の反応
岡部 信彦. 産婦人科の実際. 2021; 70: 281-284
●ISRR発症のリスク因子(起こしやすい方の特徴)
以下の項目に該当する人が予防接種を受ける際には、十分な準備と注意が必要です(図3)2)。
図3:ISRR発症のリスク因子
日本産婦人科医会編集 研修ノート(No 106 思春期のケア) より作成
●ISRRの予防のポイント
ISRRの予防については、以下のようなポイントが挙げられています(図4)4)。
図4:ISRRの予防のポイント
岡部 信彦. 産婦人科の実際. 2021; 70: 281-284.
ISRRが生じた時の対応としては、「穏やかに冷静に、被接種者や保護者と積極的にコミュニケーションをとる」とされています。何よりも重要なことは、接種する側がワクチンを知り、被接種者および保護者などに対して丁寧な説明、丁寧な接種ができるようにすることです4)。
海外では、医療従事者ができる接種時の痛み軽減について、5つのP、手技的、身体的、心理学的、薬理学的プロセスによるアプローチが掲げられています。中でも、心理学的なアプローチについては、ワクチン接種への不安解消においても大切であると考えられています5)。
●ISRRの種類と発症リスクがある方への対応
ISRRは大きく分けて「ワクチン接種前、接種中、接種直後(通常5分以内)に起こるもの」と「接種後しばらくしてから起こるもの」に分けられます(図5)3)。
ワクチン接種前、接種中、接種直後(通常5分以内)に起こるものとして、予防接種によるストレスによって交感神経が活発になることで起こる「急性ストレス反応」と、活発になった交感神経の働きを抑えようとして副交感神経がそれ以上に活発になり、強く働くことによる「血管迷走神経反射」の2つがあります。
接種後しばらくしてから起こる反応は解離性神経症状反応(DNSR:dissociative neurological symptom reactions)と呼ばれます。
図5:ISRRの種類と出現時期
日本小児科学会 日本小児科学会の「知っておきたいわくちん情報」 A-10 予防接種ストレス関連反応(ISRR)
http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/VIS_A10_ISRR_202203.pdf( Accessed June 2, 2022)
・急性反応への対応
ISRR発症リスクのある方への対応としては、接種前のカウンセリングや行動介入を考慮し、特に強い恐怖がある場合には専門医に相談のうえ、鎮静や麻酔下での接種も検討します(図6)2)。
図6:ISRR発症リスクのある方への対応
日本産婦人科医会編集 研修ノート(No 106 思春期のケア)
・DNSR(dissociative neurological symptom reactions:解離性神経症状反応)への対応
ワクチン接種後(何日か経過後)に起こる遅発性反応であるDNSRは、神経学的に明らかな責任病巣を同定できない種々の症状の発症を糸口として器質的な疾患を除外したのちに診断されます(表1)2)。
具体的には心理的要因(虐待を受けた経歴、トラウマとなる経験)、個人のもつ脆弱性(年齢、性格、性別、不安やうつの既往)、症状発現の修飾因子(他人が接種後に症状を呈しているのを目撃)、引き金となる要因(状況や環境)、および症状の持続を説明し得る因子(発症後の医療者側の不適切な対処方法)などが挙げられます。
このため、接種後にDNSRと診断されたからといって必ずしも予防接種との因果関係があるとは言えません。なお、不安やうつなどの既往がある場合は、予防接種が反応の促進要因となることがありますので、接種前に既存の精神疾患の既往歴を精査する必要があります。
表1:DNSR診断の糸口
日本産婦人科医会編集 研修ノート(No 106 思春期のケア)
治療としては、症状に応じて理学療法、認知行動療法、薬物療法などが専門医により行われるべきであるとされています。
参考文献
【参考】より詳細な内容につきましては、下記をご参照ください。
WHO:予防接種ストレス関連反応 (ISRR)
予防接種プログラム責任者及び医療関係者のための予防接種ストレス
関連反応 (ISRR) の予防、発見及び対応の実施マニュアル