取り組み事例レポート:医療法人 愛仁会 太田総合病院
(取材:2022年8月22日 医療法人 愛仁会 太田総合病院(神奈川県・川崎市)にて)
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佐々木 順司 先生 | 木本 朱 看護師 |
「幅広く患者を受け入れる地域の急性期病院 特色ある専門診療科も」
佐々木先生 当院は、1927年に開設された耳鼻咽喉科医院をはじまりとして、川崎の地で1世紀近くにわたり診療を行ってきました。総合病院である現在の病床数は261床、手術室は4室を備え、地域の急性期病院として幅広く患者さんを受け入れるとともに、特色ある専門外来による治療も実施しています。2021年度の麻酔科管理手術症例数は1,467件で、その内訳としては耳鼻咽喉科と整形外科が多く、約6割を占めています。その他、帝王切開をはじめとした産科手術、腹腔鏡下手術なども多数行っています。
手術患者の年齢層は、耳鼻咽喉科の一部で若年層が多いものの、股関節・膝関節の疾患や消化器を中心とした悪性腫瘍などは高齢者が多い状況です。スタッフ体制として、麻酔科医は常勤医が5名、全員が日本麻酔科学会の麻酔指導医です。
木本看護師 手術室看護師は、現在16名在籍しています。手術の内容によりますが、基本的には直接介助(器械出し看護)が1名、間接介助(外回り看護)が1名、そして麻酔導入時と覚醒時には必ずもう1名がフォローに入る3名体制をとっています。
「筋弛緩モニターゼロから 全例測定までのあゆみ」
佐々木先生 筋弛緩管理は手術内容と患者背景を鑑みて、投与量や投与方法を検討します。短時間で終了する耳鼻咽喉科手術では深い筋弛緩状態のまま手術が終わることも多く、また腹腔鏡下手術ではワーキングスペースの確保のために深い筋弛緩状態を維持することが増えています。
木本看護師 当院は睡眠障害センターを併設しており、睡眠時無呼吸症候群(SAS)に対する手術も行われています。扁桃腺切除などは短時間で終了しますが、SASの手術で長いときは4~5時間かかることもありますね。
佐々木先生 筋弛緩管理に関して日々感じるのは、同じように筋弛緩薬を投与しても筋弛緩効果が患者さんごとに大きく異なるということです。同じ年代でも回復が早い場合と遅い場合があって、体格や腎機能など筋弛緩薬の作用に影響を及ぼす複数の要因が関与している可能性が考えられます。
私は十数年前から当院に勤務しているのですが、当初、筋弛緩モニターが導入されていませんでした。施設に働きかけ、まず加速度感知式筋弛緩モニターを1台導入し、そこから2台に増やして、全手術室に設置できたのは2~3年前でした。
筋弛緩モニターを積極的に使用するようになってから、患者さんによって筋弛緩薬の効果にバラつきが大きいことをこれまで以上に感じ、全例で筋弛緩モニターを使用する重要性を改めて実感するようになりました。
木本看護師 筋弛緩モニターの導入を進める過程で、看護師が装着を担当できるよう動画を用いた研修が行われました。研修では電極の貼り方などの装着方法以外に、なぜモニターが必要なのかといった根拠も学び、手術室での装着を始めました。
佐々木先生 看護師の皆さんは、モニターの原理などを理解したうえで、様々な工夫を試みながら取り組んでくれたのですが、加速度式モニターではどうしても正確な筋弛緩状態を把握しづらいケースがありました。
木本看護師 確かに、加速度式モニターでは、腹腔鏡下手術で手をドレープの下にしまう必要があったこと、機器操作で術中に測定していた手が動いてしまったこと、患者さんの体格から手術台の上に測定するスペースが確保できなかったことなどがありました。
佐々木先生 2019年には、日本麻酔科学会の「安全な麻酔のためのモニター指針」が改訂され、筋弛緩モニタリングの必須化が話題にのぼるとともに、再クラーレ化に関する情報も耳にするようになってきました。このような状況から、患者安全のためには全例で筋弛緩モニタリングが必要と施設に訴え、2021年の春に全ての手術室に筋電図式モニターを導入するに至りました。
筋弛緩モニターの導入と並行して、麻酔記録(チャート)の改良も行いました。当院は、まだ手書きの麻酔チャートなのですが、そのなかに、「手術終了時および退出時の筋弛緩状態を記載する箇所」を設けるというものです (図1)。筋電図式モニターが導入されたこともあり、2021年の4月以降は全例で記載するようになりました。
木本看護師 導入当初は装着を忘れることもありましたが、筋電図式モニターは装着がとても簡便なので、今では他のモニターと同じように装着が習慣化しています。筋弛緩モニター装着後に手を動かさなければならない場合、加速度式モニターはやり直しになってしまいますが、筋電図式モニターはそのままでも問題ありません。新しく看護師が入った場合も、指導スタッフが実践で何度か教えるだけで問題なく装着できています。また、麻酔に関する疑問はその都度、麻酔科の先生などに尋ねて、自己学習しています。
「筋弛緩モニター導入で筋弛緩薬と拮抗薬の投与に変化」
佐々木先生 全例で筋弛緩モニターを導入するようになり、筋弛緩薬や拮抗薬の投与方法自体が変化しました。以前は、一定時間ごとに一定量の筋弛緩薬を投与することもありましたが、今は筋弛緩モニターの数値をみながら、手術の状況に合わせて追加投与を考慮しています。
スガマデクスの投与も同様で、筋弛緩モニターがなかった時代は一定量を投与し、自発呼吸などの回復を確認して帰室させていたのですが、臨床症状は回復の目安にしかならないので、今考えると本当に危険だったと思います。
木本看護師 当院にはリカバリールームやICUがなく、術後、患者さんは全員一般病棟に戻ります。病棟スタッフも全員が経験豊富というわけではないので、手術室を出る時点でしっかりと回復、覚醒させておかないと危ないと考えています。
佐々木先生 現在は、先ほど紹介した麻酔チャートに手術終了時の筋弛緩状態を記載し、筋弛緩モニターの数値に応じてスガマデクスの投与量を2mg/kg(浅い筋弛緩状態)か、 4mg/kg(深い筋弛緩状態)か、あるいは投与不要かを判断しています。この際、体重と筋弛緩状態によっては2バイアル(200mg製剤)が必要になることがあるので、麻酔カートの中にはスガマデクス2バイアルを常備するようになりました(図2) 。
木本看護師 スガマデクスが2バイアル手元にあると、手術終了から覚醒・抜管までの慌ただしくトラブルが起こりやすい危険な時間帯に、持ち場を離れる必要がなくなりました。
佐々木先生 実は、スガマデクス2バイアルを投与した症例で、保険申請にあたり「症状詳記」の記載を必要としたことがありました。本症例は、手術終了時にTOFカウントが0、PTCが1といった深い筋弛緩状態であったので、スガマデクス4mg/kg、体重換算で2バイアルが必要でした。麻酔チャートをもとに、投与時の筋弛緩状態などをスガマデクスの用法及び用量とともに記載したところ(図3)、問題なく受理されました注)。回復時の筋弛緩状態を記録することは、このような場面で役立ちますし、医療従事者を守ることにもつながるのではないでしょうか。
注)診療報酬の査定に関しては、支払基金や自治体等によって異なる点にご留意ください。
「筋弛緩モニターは車のシートベルト 当たり前になると無いことが不安に」
木本看護師 装着が習慣化して、看護師も筋弛緩状態を意識するようになりました。術中、常時ではないのですが、挿管時に喉頭鏡を準備して待っていたり、抜管時には介助に入るタイミングを見計らったり、モニターを見ながらやっています。
佐々木先生 最近、「筋弛緩モニターは車のシートベルト」だなと感じています。シートベルトが義務化されて当たり前になった今では、締めていないと不安になりますよね。現在では筋弛緩モニターも装着が当たり前になって、医師も看護師もつけてないと不安感を覚えるまでになっています。
筋弛緩モニターの導入は筋弛緩管理の考え方にも影響を与えたと思います。短時間手術ほど筋弛緩管理、特に拮抗に関してはその使用量とタイミングに有益な指標を示してくれます。筋弛緩モニターはこのような意味においてもできれば導入時から、少なくとも抜管時には全例モニタリングを行うべきであると考えます。ご施設の事情により全手術室への導入が難しければ、まずは1台導入することからはじめてはいかがでしょうか。
適切な筋弛緩管理における |
医療法人 愛仁会 太田総合病院
- 同じように筋弛緩薬を投与しても患者ごとに筋弛緩効果は異なり、年齢以外に体格や腎機能など筋弛緩薬の作用には複数の要因が影響する。
- モニターを積極的に使用するようになり、筋弛緩作用の個体差をこれまで以上に実感するようになった。臨床症状は目安にしかならず、筋弛緩モニター無しで行っていた全身麻酔手術は今考えると本当に危険だったと思う。
- 「安全な麻酔のためのモニター指針」の改訂や、スガマデクス投与後の再クラーレ化の情報を知り、患者安全のために全例でモニタリングすべく、筋電図式モニターの全手術室導入に至った。
- モニターの装着は看護師が積極的に関与し、数回指導すれば新人看護師でも問題なく装着できた。
- 麻酔チャートに「手術終了時および退出時の筋弛緩状態を記載する箇所」を設け、全症例で記録している。これは、スガマデクス2バイアル投与時の保険申請にあたって、「症状詳記」のエビデンスにもなっている。
- 筋弛緩モニターの導入が筋弛緩薬と拮抗薬の投与方法、筋弛緩管理全体に大きな影響を与えた。
【ブリディオン®電子添文より】
6.用法及び用量
通常、成人にはスガマデクスとして、浅い筋弛緩状態(筋弛緩モニターにおいて四連(TOF)刺激による2回目の収縮反応(T2)の再出現を確認した後)では1回2mg/kgを、深い筋弛緩状態(筋弛緩モニターにおいてポスト・テタニック・カウント(PTC)刺激による1~2回の単収縮反応(1-2PTC)の出現を確認した後)では1回4mg/kgを静脈内投与する。また、ロクロニウム臭化物の挿管用量投与直後に緊急に筋弛緩状態からの回復を必要とする場合、通常、成人にはスガマデクスとして、ロクロニウム臭化物投与3分後を目安に1回16mg/kgを静脈内投与する。