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CTEPHの概要

CTEPHの概要


CTEPHの定義

CTEPHはCTED(慢性血栓塞栓性疾患)に肺高血圧症が合併した疾患であり、「慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)診療ガイドライン 20221)」において下記のように定義されています。

CTED(慢性血栓塞栓性疾患)とは器質化した血栓により肺動脈が閉塞し,肺血流分布ならびに肺循環動態の異常が6か月以上にわたって固定している病態である.またCTEDにおいて平均肺動脈圧が25mmHg以上のPHを合併している病態をCTEPHという.

CTEPHは、肺高血圧症の5つの臨床分類の中で、第4群に分類されます2)
以前は、厚生労働省が指定する治療給付対象疾患として特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)と呼ばれていましたが、2009年10月にダナポイント分類※1に合わせてCTEPHに名称が変更されました3)

※1 米国のダナポイントで開催された第4回肺高血圧症ワールド・シンポジウムで検討された改訂版肺高血圧症臨床分類

肺高血圧症の臨床分類についてはこちら >

コラム:CTEPHの名称変更と指定難病の変遷

CTEPHは、厚生労働省が定める指定難病の1つです。以下のような経過をたどっています4,5)

1978年(昭和53年)厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業「呼吸不全に関する調査研究班」発足
1998年(平成10年)“特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)”が、難治性疾患克服研究事業の治療給付対象疾患に認定
[2008年(平成20年): ダナポイント分類]ベニス分類(2003年)※2の“慢性血栓塞栓症and/or塞栓症によるPH(PH due to chronic thromboembolic and/or embolic disease)”を、“慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension: CTEPH)”に名称変更
2009年(平成21年)ダナポイント分類を受け、特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)を慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に名称変更、治療給付対象疾患の認定基準を改訂
2015年(平成27年)「難病の患者に対する医療等に関する法律」が施行され、CTEPHは指定難病に定められる5)

※2 ベニスで開催された第3回肺高血圧症ワールド・シンポジウムで、それまでのエビアン分類が改訂された

巽 浩一郎 他.日呼吸会誌. 48, 551(2010),
厚生労働省. 平成27年1月1日施行の指定難病(告示番号1~110).
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000062437.html.(2024年2月閲覧)より作成


CTEPHの分類

CTEPHは、急性肺血栓塞栓症の既往の有無によって、急性反復型と潜伏型に区別されます6)
急性反復型:過去に急性肺血栓塞栓症を示唆する症状が認められるもの
潜伏型:明らかな症状のないまま病態の進行がみられるもの


CTEPHの疫学

CTEPHは、厚生労働省の定める指定難病であり、診断の手引きに従って診断して申請すれば、医療費の助成を受けることができます。
患者数を正確に把握することは困難ですが、CTEPHの特定医療費(指定難病)受給者証所持者数をみると、2020年度は4,608名、2021年度では4,843名、2022年度では5,230名と増加しています7)
CTEPH患者集計データでは、日本は海外に比べ女性の患者数が多いことが報告されています8)

CTEPHとして指定難病の認定を受けた患者さんの数

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CTEPHの予後

CTEPHは未治療の場合予後不良の疾患です9)
わが国においては、安定期のmPAPが30mmHg未満の症例の5年生存率は100%と良好であり、全肺血管抵抗(PVR)を指標として、CTEPHをPVR(dyn・sec・cm-5)500未満、500以上1,000未満、1,000以上1,500未満、1,500以上の4群に分類すると、それぞれの5年生存率は100%、88.9%、52.4%、40.0%であることが報告されています10)


CTEPHの発生機序

CTEPHの発生機序はいまだ不明確ですが、欧米では急性肺血栓塞栓症(急性PE)からの移行を想定しています6)。また、米国ではCTEPHの患者さんの血中に、溶けにくいフィブリンがあると報告されており、慢性化の一因として注目されています11)

図 急性PEからCTEPHへの進展

急性PEからCTEPHへの進展

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日本のレジストリ研究によると、急性PEの患者さんの2.3%が3年以内にCTEPHを発症したという報告があります12)。また、欧州心臓病学会(ESC)の急性PEガイドラインでは、CTEPHのリスク因子を有する無症候患者さんは、3~6ヵ月のフォローアップ時にさらなる評価を考慮することが推奨されています13,14)。一方で、既に無症状の慢性的な血栓(器質化血栓)が存在するところに急性血栓が生じ、その後CTEPHにいたるacute on chronic pulmonary embolismという病態も報告されています15)。このことから、急性PE後に息切れなどの症状が残存する患者さんにおいてもCTEPHを考慮する必要があります。

表 PE患者におけるCTEPH発症リスク因子

  • unprovoked PE(誘因のないPE)
  • 急性PE症状発現後、診断までに2週間以上経過
  • Follow-up期間中のCTまたは心エコー検査による右心負荷所見

※ 「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版)」6)において以下のように定義されています。
「provoked」とは,診断前3ヵ月以内の手術や外傷,ギプス固定,妊娠,経口避妊薬の服用,ホルモン補充療法といった一時的ないし中止可能な因子を有することを指す.「unprovoked」とは,そういった誘発因子のないものと定義される.

Klok FA, et al. J Thromb Haemost. 16, 1040(2018)より作成
COI:著者にバイエル社及び/又はMSD 社より助成金等を受領している者を含む

CTEPHにおいて、肺高血圧の要因として重要なのは血管閉塞の程度であり、多くの症例では40%以上の肺血管閉塞を認めるとされています3)
血栓塞栓の反復と肺動脈内での血栓の進展が病状の悪化に関与していることも考えられ、以下のようなsmall vessel diseaseの概念も病態を複雑化していると考えられます3)
① PAHでみられるような亜区域レベルの弾性動脈での血栓性閉塞
② 血栓を認めない部位の増加した血流に伴う筋性動脈の血管病変
③ 血栓によって閉塞した部位より遠位における気管支動脈系との吻合を伴う筋性動脈の血管病変

また、「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版)」によると、43.9%のCTEPH患者では明らかな基礎疾患が認められず6)、日本人CTEPH患者を対象とした調査によると、深部静脈血栓症では頻度が低いとされるHLA-B*5201やHLA-DPB1*0202と関連する症例が報告されています16)。これらのHLAは急性肺血栓塞栓症とは相関せず、欧米では極めて頻度の少ないタイプです。
その他、海外では性差がないのに、日本では女性に多いことも合わせると、わが国では欧米と異なる発生機序を持つ症例があることが示唆されます19)

コラム:深部静脈血栓症の疫学

米国では、深部静脈血栓症の発生数は116,000から250,000例/年とする報告があり6,17)、1976年から2000年の論文解析による別の報告ではスウェーデンおよび米国で10万人あたり50例/年とされています6,18)
日本では、日本静脈学会静脈疾患サーベイ委員会より1997年に506例/年との報告があり6)、その後行われた、厚生労働省血液凝固異常症の研究における短期アンケート調査で2006年に14,674例/年、発生率は10万人あたり12例/年と報告されています6)
これらの報告によると、近年、日本の深部静脈血栓症の発生率は、欧米の約1/4まで増加したと考えられます6)

References

1)日本肺高血圧・肺循環学会. 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)診療ガイドライン2022
2)日本循環器学会. 肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版)
3)難治性呼吸器疾患・肺高血圧症に関する調査研究班. 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(指定難病88). 難病情報センター.
http://www.nanbyou.or.jp/entry/307
4)巽 浩一郎 他. 日呼吸会誌. 48, 551(2010)
5)厚生労働省. 平成27年1月1日施行の指定難病(告示番号1~110).
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000062437.html.(2024年2月閲覧) 
6)日本循環器学会. 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版)
7)公益財団法人 難病医学研究財団 難病情報センター 特定医療費(指定難病)受給者証所持者数
8)Guth S, et al. ERJ Open Res. 7, 00850-2020(2021)
9)松原広己.日本内科学会雑誌. 110, 1951(2021)
10)中西宣文 他. 日胸疾会誌. 35, 589(1997)
11)Miniati M, et al. Am J Respir Crit Care Med. 181, 992(2010)
12)Ikeda N, et al. Eur Heart J. 44, suppl2(2023)
13)Humbert M, et al. Eur Heart J. 43, 3618(2022)
14)Konstantinides SV, et al. Eur Heart J. 41, 543(2020)
15)Barco S, et al. Chest. 163, 923(2023)(COI:著者にバイエル社及び/又はMSD 社より助成金等を受領している者を含む)
16)Tanabe N, et al. Eur Respir J. 25, 131(2005)
17)Coon WW, et al. Circulation. 48, 839(1973)
18)Fowkes FJ, et al. Eur J Vasc Endovasc Surg. 25, 1(2003)